世の中は信じ切れなくても(前編)−ポンソク牧師のブログ−
今回は、先生のお父さんとポンソクさんの会話です^^
我が息子が、週刊誌に悪くかかれてのっていることについて、
ポンソクさんが父の心情をききながら、本当に真の思いがつたわってくる内容です!
今回は前編、後編にわけてお届けします!!
↓↓↓↓↓
1985年、私はポンチョンドンで先生と共に暮らしており、
父は上の兄の家に住んでいた。
長い間会いに行けなくて、久々に父に挨拶をしに行った。
父はふだん語らず、厳格なので、兄弟たちだけでなく村の人たちまで気兼ねしていた。
この日、挨拶を受ける父の傍に、見慣れない本が一冊広げてあった。
ふだん聖書の他に本は読まなかった人なので、何の本を読んでいるのかと聞いてみた。
父は「ここにお前の兄さんが出ている。」と言いながら、本を私の前に差し出してくれた。本を受け取ってみると、街頭の新聞販売でも売っている、粗悪な週刊誌だった。
そこに先生についての良くない記事と共に、写真が掲載されていた。
私は父の様子を見ながら
「これ、全部読みましたか?」と聞いてみた。
「全部読んだ。」
「お父さん、胸がとても痛んだでしょう?」
「痛んだよ。こんなもの見て気分がいいはずあるかい?
だけど、大きなことをやってみると、こんなこともあるし、あんなこともあるし、もっと大きなこともあるもんだ。こんなこと気にすることがあるか。このくらいのこともなくて成功できるか。世の中万事が追い風に乗ったように、決心した通りになるなら、成功できない人はいないんじゃないか。」
「お父さん、お兄さんがやっていることをどう思いますか?」
「誰よりも子供については親が一番よく知っている。私は信じている。
私の子供だからではなくて、お前たちの兄さんが今まで生きてきたのを私が見てきたから信じている。
私は鉱脈を探して全国を回ったし、たくさんの人たちにも会ったし、
たくさんのお金も稼いでいた人間だ。
そのお金がすっかりなくなったから、お前たちが苦労しているじゃないか。
あるときは、日本のやつらが私を見て、金(きん)を掘って隠したと濡れ衣を着せて
警察署まで引っ張って行って、数日苦しんで出て来たことがあった。あいつら残酷で恐ろしいやつらだよ。自分たちが目指しただけの金を掘れないと、いろんな方法を動員して苦しめた。
金が出てくるとちょっとしかやらないと言って文句をつけ、
出てこないと掘れなかったと言って苛めた。
金が出てくると、どこかに隠したんじゃないかと。濡れ衣まで着せて、持っていたものまで全部奪おうとしたんだから、言葉もないよ。その人たちができない仕事をたくさんさせた。生きていると無念なことが一度や二度じゃない。数え切れないほど多い。」
「警察署からはどうやって出て来たんですか。出て来るのは大変だったでしょうね。」
「お前たちのお母さんが頑張ったんだよ。お前たちのお母さんでなかったら大変だった。
警察署まで訪ねて来て事を解決したんだから、ホントに賢い女性だろ?
他の女性だったら怖くて警察署の近くにも来れなかっただろう。」
「お父さん、鉱山で働いていたという話は聞いていたけど、
直接話を聞いたことはありませんでした。
お母さんが言うには、金もたくさん掘ってお金もたくさん稼いだと言っていましたよ。」
「たくさん稼いださ。
芸は熊が見せ、お金は中国人が取る(訳注:苦労をした人は報酬をもらえず関係のない第三者が横取りすることのたとえ)っていうざまだよ。
あのたくさんのお金を全部兄弟たちが無くして、お母さんとお前たちだけ苦労させたよ。
それを考えるだけで今も眠れない。
チョンヤンのクボン鉱山にいたとき、私は人々を連れて行って鉱山で働きながら、金を掘る業者だった。
金を掘り出せなくて仕事ばかりしていることを綿布を打つ、と言うが、そのとき金を掘り出せなくて下宿にお金も何ヶ月も払えなくてつけてもらっていたから、ごはんをもっと下さいと言うこともできなかった。
嫌がっている様子も見えて息苦しさのあまり仕方なく家に帰ったんだよ。
それでも気楽なのが家じゃないか。何も考えずに家に帰って来たら、
お前たちのお母さんが言う言葉が
「お父さん、お金持って来たんですか?子供たちが飢えて顔がむくんでます。こうしてるうちにみんな死んでしまいますよ。」って言うんだ。
それで見ると子供たちが食べられなくてむくんでいたんだよ。
そのとき私も気が狂ったよ。金を掘って稼いできたお金を兄弟たちが全部無くして私の家族が病気になって死にそうだったから。
それで腹いせに、死んだら一緒に埋めてやる、と言ってかっと大声で叫んだ。お金を全部払ってしまって、苦労は苦労のままさせている私自身が情けなくて、心にないことを言ったんだ。」
「お母さんは黙っていたんですか。」
「黙っている女かい?胸倉を掴んで揺すりながら、私から殺せと言うんだよ。
普段は私に対して一言も言えなかった女が、子供の話が出てくるとそんなに恐ろしい態度を取るんだよ。
私は何も言えずにそのまま家を出て鉱山へ行ったよ。
その後でお前たちのお母さんがものすごい大きな苦労をしながらお前たちを育てたんだ。」
「私もお母さんからその話を聞いたことがあります。それでお母さんがお父さんは情もなくて心が石みたいだと言っていました。お父さんに対して残っているわだかまりが多いみたいです。」
「私も分かってるよ。兄さんたちみんなお母さんが育てただろ。
米を作らなくて稲わらがないから、屋根を覆うものがないといけないじゃないか。
お前のお母さんが山でカヤ(イネ科の多年生の草)を刈ってきて屋根を葺くために編んでおくと、
屋根に登って行って覆ってくれる人がいないから、叔父さんを呼んできて覆って。柴を刈って来て火を焚いて、山菜の商売をして腹を空かせないように食べさせて、ホントにすごい女性だ。」
「お父さん、お母さんのおかげで刑務所にも行かず、お母さんが苦労して家庭を切り回して苦労したけど、ありがとうって言いましたか。」
「言ってない。気持ちはあるさ。でもそれが簡単じゃなかったんだよ。」
「簡単じゃないですか。すまない。私みたいな人間に嫁いで来て苦労が多かった、ありがとう、そう言えばいいじゃないですか。」
「私もお前たちのお母さんにずいぶん悪いことをしたと分かってる。私だって心安らかに暮らしてたわけじゃない。自分の子供に食べさせられず、着させられず、教えられなかったことが、一生ハンとして残って、自分の罪だと思って生きてきた。言葉を言おうと思っても言うのが簡単じゃなかったんだよ。」
「今言えないなら、後ででも必ず言って下さい。」
「私がお金を稼ぐことも、お前たちを教えることも失敗したが、長い歳月、異郷生活をしながらも、酒を飲まず、浮気したことも一回もなく、他の人の賃金や食事代を踏み倒さず、他人の心を痛めたこともなく、清く生きてきた。」
「お父さんは私に誠実に働くことを身をもって教えてくれました。異郷生活を長くすると苦労も多いし、ありとあらゆることもたくさんあったでしょうから、話をして下さい。」
「その話をしようとしたらきりがない。苦労、話もするな。私が成功できてないから話せないよ。成功してこそ苦労も甲斐があるし、自慢の種になるだろう。成功できなければ話すことはないんだよ。家族たちに苦労させて、食べさせられなくて、着させられなくて、まともに教えることもできなかった家長が何の話をするんだい?長い異郷生活を清算して家に帰って来たら家にお金があるか?米があるか?一日一日お前たちのお母さんがもがいて食事を間に合わせるんだが、食べるものがないと言うんだよ。私は言う言葉がなかったよ。言葉もなく鍬を持って山へ行って畑を起こしていると、涙が前をふさいで鍬の作業ができなかったよ。」
いつのまにか父の目から涙が流れていた。
(続く)
我が息子が、週刊誌に悪くかかれてのっていることについて、
ポンソクさんが父の心情をききながら、本当に真の思いがつたわってくる内容です!
今回は前編、後編にわけてお届けします!!
↓↓↓↓↓
1985年、私はポンチョンドンで先生と共に暮らしており、
父は上の兄の家に住んでいた。
長い間会いに行けなくて、久々に父に挨拶をしに行った。
父はふだん語らず、厳格なので、兄弟たちだけでなく村の人たちまで気兼ねしていた。
この日、挨拶を受ける父の傍に、見慣れない本が一冊広げてあった。
ふだん聖書の他に本は読まなかった人なので、何の本を読んでいるのかと聞いてみた。
父は「ここにお前の兄さんが出ている。」と言いながら、本を私の前に差し出してくれた。本を受け取ってみると、街頭の新聞販売でも売っている、粗悪な週刊誌だった。
そこに先生についての良くない記事と共に、写真が掲載されていた。
私は父の様子を見ながら
「これ、全部読みましたか?」と聞いてみた。
「全部読んだ。」
「お父さん、胸がとても痛んだでしょう?」
「痛んだよ。こんなもの見て気分がいいはずあるかい?
だけど、大きなことをやってみると、こんなこともあるし、あんなこともあるし、もっと大きなこともあるもんだ。こんなこと気にすることがあるか。このくらいのこともなくて成功できるか。世の中万事が追い風に乗ったように、決心した通りになるなら、成功できない人はいないんじゃないか。」
「お父さん、お兄さんがやっていることをどう思いますか?」
「誰よりも子供については親が一番よく知っている。私は信じている。
私の子供だからではなくて、お前たちの兄さんが今まで生きてきたのを私が見てきたから信じている。
私は鉱脈を探して全国を回ったし、たくさんの人たちにも会ったし、
たくさんのお金も稼いでいた人間だ。
そのお金がすっかりなくなったから、お前たちが苦労しているじゃないか。
あるときは、日本のやつらが私を見て、金(きん)を掘って隠したと濡れ衣を着せて
警察署まで引っ張って行って、数日苦しんで出て来たことがあった。あいつら残酷で恐ろしいやつらだよ。自分たちが目指しただけの金を掘れないと、いろんな方法を動員して苦しめた。
金が出てくるとちょっとしかやらないと言って文句をつけ、
出てこないと掘れなかったと言って苛めた。
金が出てくると、どこかに隠したんじゃないかと。濡れ衣まで着せて、持っていたものまで全部奪おうとしたんだから、言葉もないよ。その人たちができない仕事をたくさんさせた。生きていると無念なことが一度や二度じゃない。数え切れないほど多い。」
「警察署からはどうやって出て来たんですか。出て来るのは大変だったでしょうね。」
「お前たちのお母さんが頑張ったんだよ。お前たちのお母さんでなかったら大変だった。
警察署まで訪ねて来て事を解決したんだから、ホントに賢い女性だろ?
他の女性だったら怖くて警察署の近くにも来れなかっただろう。」
「お父さん、鉱山で働いていたという話は聞いていたけど、
直接話を聞いたことはありませんでした。
お母さんが言うには、金もたくさん掘ってお金もたくさん稼いだと言っていましたよ。」
「たくさん稼いださ。
芸は熊が見せ、お金は中国人が取る(訳注:苦労をした人は報酬をもらえず関係のない第三者が横取りすることのたとえ)っていうざまだよ。
あのたくさんのお金を全部兄弟たちが無くして、お母さんとお前たちだけ苦労させたよ。
それを考えるだけで今も眠れない。
チョンヤンのクボン鉱山にいたとき、私は人々を連れて行って鉱山で働きながら、金を掘る業者だった。
金を掘り出せなくて仕事ばかりしていることを綿布を打つ、と言うが、そのとき金を掘り出せなくて下宿にお金も何ヶ月も払えなくてつけてもらっていたから、ごはんをもっと下さいと言うこともできなかった。
嫌がっている様子も見えて息苦しさのあまり仕方なく家に帰ったんだよ。
それでも気楽なのが家じゃないか。何も考えずに家に帰って来たら、
お前たちのお母さんが言う言葉が
「お父さん、お金持って来たんですか?子供たちが飢えて顔がむくんでます。こうしてるうちにみんな死んでしまいますよ。」って言うんだ。
それで見ると子供たちが食べられなくてむくんでいたんだよ。
そのとき私も気が狂ったよ。金を掘って稼いできたお金を兄弟たちが全部無くして私の家族が病気になって死にそうだったから。
それで腹いせに、死んだら一緒に埋めてやる、と言ってかっと大声で叫んだ。お金を全部払ってしまって、苦労は苦労のままさせている私自身が情けなくて、心にないことを言ったんだ。」
「お母さんは黙っていたんですか。」
「黙っている女かい?胸倉を掴んで揺すりながら、私から殺せと言うんだよ。
普段は私に対して一言も言えなかった女が、子供の話が出てくるとそんなに恐ろしい態度を取るんだよ。
私は何も言えずにそのまま家を出て鉱山へ行ったよ。
その後でお前たちのお母さんがものすごい大きな苦労をしながらお前たちを育てたんだ。」
「私もお母さんからその話を聞いたことがあります。それでお母さんがお父さんは情もなくて心が石みたいだと言っていました。お父さんに対して残っているわだかまりが多いみたいです。」
「私も分かってるよ。兄さんたちみんなお母さんが育てただろ。
米を作らなくて稲わらがないから、屋根を覆うものがないといけないじゃないか。
お前のお母さんが山でカヤ(イネ科の多年生の草)を刈ってきて屋根を葺くために編んでおくと、
屋根に登って行って覆ってくれる人がいないから、叔父さんを呼んできて覆って。柴を刈って来て火を焚いて、山菜の商売をして腹を空かせないように食べさせて、ホントにすごい女性だ。」
「お父さん、お母さんのおかげで刑務所にも行かず、お母さんが苦労して家庭を切り回して苦労したけど、ありがとうって言いましたか。」
「言ってない。気持ちはあるさ。でもそれが簡単じゃなかったんだよ。」
「簡単じゃないですか。すまない。私みたいな人間に嫁いで来て苦労が多かった、ありがとう、そう言えばいいじゃないですか。」
「私もお前たちのお母さんにずいぶん悪いことをしたと分かってる。私だって心安らかに暮らしてたわけじゃない。自分の子供に食べさせられず、着させられず、教えられなかったことが、一生ハンとして残って、自分の罪だと思って生きてきた。言葉を言おうと思っても言うのが簡単じゃなかったんだよ。」
「今言えないなら、後ででも必ず言って下さい。」
「私がお金を稼ぐことも、お前たちを教えることも失敗したが、長い歳月、異郷生活をしながらも、酒を飲まず、浮気したことも一回もなく、他の人の賃金や食事代を踏み倒さず、他人の心を痛めたこともなく、清く生きてきた。」
「お父さんは私に誠実に働くことを身をもって教えてくれました。異郷生活を長くすると苦労も多いし、ありとあらゆることもたくさんあったでしょうから、話をして下さい。」
「その話をしようとしたらきりがない。苦労、話もするな。私が成功できてないから話せないよ。成功してこそ苦労も甲斐があるし、自慢の種になるだろう。成功できなければ話すことはないんだよ。家族たちに苦労させて、食べさせられなくて、着させられなくて、まともに教えることもできなかった家長が何の話をするんだい?長い異郷生活を清算して家に帰って来たら家にお金があるか?米があるか?一日一日お前たちのお母さんがもがいて食事を間に合わせるんだが、食べるものがないと言うんだよ。私は言う言葉がなかったよ。言葉もなく鍬を持って山へ行って畑を起こしていると、涙が前をふさいで鍬の作業ができなかったよ。」
いつのまにか父の目から涙が流れていた。
(続く)
キリストの心
大学生新卒の就職難や、経済的な困難は続き、
人々の心に余裕がなくなってきている今日この頃。
日本ほど、失業率と自殺率の相関が高い国はないそうで、
経済的に余裕が無いことは、悪循環を産んでいるように思えます。
さて、しかし経済がよくなれば、人々は幸せになれるのでしょうか???
今日のポンソク牧師のブログは、そんな問いにヒントを与えてくれます!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓
最近のように経済が苦しい時期にはよく挨拶の言葉で「最近どうですか。」と訊く人たちが多い。
このように訊くと大抵は「死にはしません。貧しいですが三食のごはんは食べられます。」と答える。
ごはん!人が生きていく中でごはんほど重要なものもないと思う。
私が小学校のときでも昼食の弁当を持って学校に来る子供たちはほとんどいなかった。
昼食に水を一口飲んで10ウォンのゴムまり一つを持って全校生が楽しく遊んでいた時代だったから、今では想像のつかない時代の話だ。
私が幼かったときもそれほど貧しかったから、先生の時代にはどれほどだっただろうか。
母の話によると、先生が小学校3年くらいの年に、食べるものがなくてアメリカから援助してくれる粉ミルク(粉乳)、とうもろこしの粉を分けてくれたりもしたが、ある日先生がいつもより多い量の粉乳を持って来られたという。それで理由を尋ねると、担任の先生がさらに下さったと言ったという。
母がその話を聞いて胸が痛くもあって涙を流したと言った。
後に母が偶然その担任の先生に会ったので感謝の言葉を伝えると、
担任の先生が「ミョンソクが、他の子どもたちはみんな帰ったのに帰らずに私の前に立っていました。
どうして帰らないのかと訊くと、うちは人が多いからこれでは足りません、と言うんです。
訊かなかったら大変なことになるところでした。その心にとても感心したので思い切り入れてあげました。
はにかみ屋だけど自尊心が強い子だったから、どうやってそんなことを言ったのかと心がとても痛みました。」とおっしゃったそうだ。
その後、数十年が流れた後に先生が小学校の担任の先生を
月明洞の故郷にお招きしてその日を回想しながら誇らしげに私たちに紹介して下さったことが思い出される。
長い歳月を先生と共に暮らしてきた私は、
先生が持っている全てのものを分けて下さる生き方を見た。
先生に送られてきたプレゼントを弟子たちに分けて下さっていた姿は、私たちがよく見ることだった。食べる物から靴下、下着、ネクタイ、米、愛、喜び、悲しみ、知識に至るまで、すべてのものを近くにいる私たちにむらなく分けて下さるのを私たちはもらって暮らした。
IMFの時期、先生と共に夕食をしていたとき偶然、経済について話すことになった。
「先生、こんなに経済が苦しいですが、どうすればこの困難を克服できるでしょうか。」
「分かち合わなくちゃ。」
「何を分かち合うべきですか。」
「愛もお金も仕事も困難も楽しみも悲しみも一緒に分かち合わなきゃ。」
「そんなものをどうやって分けてあげるんですか。自分が生きるのも難しいのに分かち合えるでしょうか。法で定められるわけでもないし自律的にできるでしょうか。」
「法ではできない。」
「では何によって分かち合うんですか。」
「愛する心を持たないと分けてあげられない。」
「自分も足りない状態で分かち合える余裕があるでしょうか。」
「どうしてできないとばかり考えるのか
以前、田舎に暮らしていたとき、これよりはるかに貧しかった時期にも垣根越しにチヂミや餅を数切れ分かち合っていたのは、たくさんあるから分かち合っていたのではない。心の中に隣人を愛する温かい心があったからではないのか。愛する心を持って生きていける力はイエス様の御言葉によってのみ可能なことだ。イエス様は救いをなさるにも病人を癒されるにも、私たちと違ってなさった。」
「どのように違っておられたのですか。」
「私たちはミョンドンや地下道で座っている方々にコイン一つ気の毒に思って投げてやって、大きな善行をしたかのように自ら心に慰められる。
主はそんな善行を願ったのではなく、
相手のひもじい心情を分かって自分の身のように愛する心を持って分かち合うことを願われた。
主は病気にかかった人をお癒しになっても治ろうとするその人の立場でやきもきする心で癒して下さった。
イエス様の当時に人間扱いされていなかった取税人のザアカイの家で食事を一緒になさったのは、単純にごはんだけ食べたのではない。取税人たちとごはんを食べることによってイエス様はその当時主流を成していたユダヤ人たちにとって非難の対象になると分かっていながらも、彼らと席を共にして一緒に食事をなさることによって、自ら優越して神様に選ばれていると思っていたユダヤ人たちと全く同じ人格体として認めてあげたのだ。
このように愛は犠牲を伴うものだ。
イエス様の愛する心が彼らに伝わって、だから彼らは感動して惜しみなく分かち合ったのだ。
私が分かち合おうと言ったのは、単純に気の毒に思って分け与えようというのではなく、
自分の兄弟を愛する主の心情を持って分かち合おうということだ。
私が兄弟を愛して哀れに思って愛する心が相手に伝わってこそ本当の分かち合いになる。」strong>
「仕事を分けるというのはどういうことでしょうか。」
「私は会社を経営したことのある人ではないが、最近は仕事がないから会社で解雇をするというけどこれは違うと思う。会社でも給料を減らしてでも解雇しないように努力すべきだし、働く方々も一ヶ月に30日働いているとすれば26日くらいやって他の人と一緒に仕事を分かち合えば、給料は減るけれど同僚たちが解雇されずに一緒に仕事をできるんじゃないかと思う。収益が減るが解雇されるはずの同僚と仕事を共に分かち合ってこそ解決になるのであって、働く人だけ働いたら同僚は解雇されて失業者になるんじゃないか。自分が譲歩しないで雇用主に譲歩しなさいと言うからといって譲歩するだろうか。自分がまず譲歩すれば相手も譲歩するだろう。それを期待してやってもいけないし、愛されるために愛するとしたらそれは愛ではないだろう。」
「法で定めればいいですよね。」
「法や制度は公平にすることもできないし副作用が多い。愛して哀れに思う心を持って分かち合うなら不満や不平がなく与える人ももらう人も楽しみだけがあるだろう。こういう心がキリストの心だ。キリストの心を持てば経済だけでなくもっと大きな困難にも打ち勝っていける。持っている人たちにばかり分かち合いなさいという前に自分から隣人と小さなものを分かち合う実践をしながら生きることを主は願われるだろう。分かち合うものがないなら愛する心を持って互いに憐れんであげなさい。悲しみを共にしようとする小さな心が困難を克服する近道だ。他の人々が劣っていて能力がないから持っていないのではない。他の兄弟たちの分まで自分がもっともらったと思えば分かち合えないこともない。
分け与える人は、大きなものを施すように与えてはいけない。雨の降る日に傘を一緒に差すように、与える人が与えるのを感じられず、もらう人ももらうのを感じられないように自然に分かち合ってこそ本当の分かち合いだ。
右手がすることを左手が分からないようにしなさいとおっしゃった主の御言葉のように。」
「それが易しいことでしょうか。人々の心理というのはしっかり握ろうとするのが正常ではないでしょうか。」
「私たちが見ると当然なことかもしれないが、イエス様はそういう生き方を願っておられなかった。互いに愛し、尊敬し、哀れむ心を持って生きなくてはいけない。おっしゃったからそのように生きなきゃ。冬に部屋の中で多くの人が布団一枚かぶって寝るのに、一緒に寝ていた人の中の一人が布団をくるくる巻いたら他の人たちはその布団を奪おうとして引っ張る。布団を奪うために互いに争いが生じて眠ることもできない。経済とはちょうどこれと同じだから、一人でかぶろうとするより互いに譲歩して、共に足でもかぶろうと努力する心を持って生きてこそ社会の葛藤を減らせるし、寒さを克服できる。」
「実に難しいお話ですね。人々の欲は一人でかぶりたいのではないでしょうか。」
「人間の力だけでできるだろうか。欲は全ての人間が持っている本性だから、キリストの心を持って生きなければ、愛し、尊重し、尊く思い、分かち合う生き方を実践しながら生きることができない。愛とは分かち合いを実践するときに光を放つ。聖霊も恵みも分かち合わなくてはいけない。イエス様の弟子たちは聖霊を受けてしたものも分かち合って使い、福音を伝え広めた。福音を伝え広めることは愛と聖霊を分かち合うことだ。
今ないから、
貧しいから問題なのではなく、感謝して生きることを忘れて生きるからいっそう貧しく思えるんだ。昔暮らしていたことと比べてみなさい。昔を考えれば私たちも金持ちになったんだ。お母さんが山菜の商売をして麦粥で飢えを凌いで暮らしながらも今のように貧しく大変だと思わなかった。最近の人たちは他の人たちと比較してもっと持とうと欲張るのが問題だ。昔を覚えていて神様に感謝しながら生きなきゃ。それ以上望むこともなく神様に感謝しながら熱心に生きればいいんだ。そういう心を持って生きれば祝福を受ける。主がおっしゃる。今日のことは今日で十分だ。」
↑↑↑↑↑↑↑↑↑
ああ、持っているから分け与えるのではないんだなあ。
そして、その行為ではなく、心情が大事なんだなあ
としみじみ思いました(><)
艱難の時期だからこそ
お互い、キリストの心で乗り切りたいものです!!!
人々の心に余裕がなくなってきている今日この頃。
日本ほど、失業率と自殺率の相関が高い国はないそうで、
経済的に余裕が無いことは、悪循環を産んでいるように思えます。
さて、しかし経済がよくなれば、人々は幸せになれるのでしょうか???
今日のポンソク牧師のブログは、そんな問いにヒントを与えてくれます!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓
最近のように経済が苦しい時期にはよく挨拶の言葉で「最近どうですか。」と訊く人たちが多い。
このように訊くと大抵は「死にはしません。貧しいですが三食のごはんは食べられます。」と答える。
ごはん!人が生きていく中でごはんほど重要なものもないと思う。
私が小学校のときでも昼食の弁当を持って学校に来る子供たちはほとんどいなかった。
昼食に水を一口飲んで10ウォンのゴムまり一つを持って全校生が楽しく遊んでいた時代だったから、今では想像のつかない時代の話だ。
私が幼かったときもそれほど貧しかったから、先生の時代にはどれほどだっただろうか。
母の話によると、先生が小学校3年くらいの年に、食べるものがなくてアメリカから援助してくれる粉ミルク(粉乳)、とうもろこしの粉を分けてくれたりもしたが、ある日先生がいつもより多い量の粉乳を持って来られたという。それで理由を尋ねると、担任の先生がさらに下さったと言ったという。
母がその話を聞いて胸が痛くもあって涙を流したと言った。
後に母が偶然その担任の先生に会ったので感謝の言葉を伝えると、
担任の先生が「ミョンソクが、他の子どもたちはみんな帰ったのに帰らずに私の前に立っていました。
どうして帰らないのかと訊くと、うちは人が多いからこれでは足りません、と言うんです。
訊かなかったら大変なことになるところでした。その心にとても感心したので思い切り入れてあげました。
はにかみ屋だけど自尊心が強い子だったから、どうやってそんなことを言ったのかと心がとても痛みました。」とおっしゃったそうだ。
その後、数十年が流れた後に先生が小学校の担任の先生を
月明洞の故郷にお招きしてその日を回想しながら誇らしげに私たちに紹介して下さったことが思い出される。
長い歳月を先生と共に暮らしてきた私は、
先生が持っている全てのものを分けて下さる生き方を見た。
先生に送られてきたプレゼントを弟子たちに分けて下さっていた姿は、私たちがよく見ることだった。食べる物から靴下、下着、ネクタイ、米、愛、喜び、悲しみ、知識に至るまで、すべてのものを近くにいる私たちにむらなく分けて下さるのを私たちはもらって暮らした。
IMFの時期、先生と共に夕食をしていたとき偶然、経済について話すことになった。
「先生、こんなに経済が苦しいですが、どうすればこの困難を克服できるでしょうか。」
「分かち合わなくちゃ。」
「何を分かち合うべきですか。」
「愛もお金も仕事も困難も楽しみも悲しみも一緒に分かち合わなきゃ。」
「そんなものをどうやって分けてあげるんですか。自分が生きるのも難しいのに分かち合えるでしょうか。法で定められるわけでもないし自律的にできるでしょうか。」
「法ではできない。」
「では何によって分かち合うんですか。」
「愛する心を持たないと分けてあげられない。」
「自分も足りない状態で分かち合える余裕があるでしょうか。」
「どうしてできないとばかり考えるのか
以前、田舎に暮らしていたとき、これよりはるかに貧しかった時期にも垣根越しにチヂミや餅を数切れ分かち合っていたのは、たくさんあるから分かち合っていたのではない。心の中に隣人を愛する温かい心があったからではないのか。愛する心を持って生きていける力はイエス様の御言葉によってのみ可能なことだ。イエス様は救いをなさるにも病人を癒されるにも、私たちと違ってなさった。」
「どのように違っておられたのですか。」
「私たちはミョンドンや地下道で座っている方々にコイン一つ気の毒に思って投げてやって、大きな善行をしたかのように自ら心に慰められる。
主はそんな善行を願ったのではなく、
相手のひもじい心情を分かって自分の身のように愛する心を持って分かち合うことを願われた。
主は病気にかかった人をお癒しになっても治ろうとするその人の立場でやきもきする心で癒して下さった。
イエス様の当時に人間扱いされていなかった取税人のザアカイの家で食事を一緒になさったのは、単純にごはんだけ食べたのではない。取税人たちとごはんを食べることによってイエス様はその当時主流を成していたユダヤ人たちにとって非難の対象になると分かっていながらも、彼らと席を共にして一緒に食事をなさることによって、自ら優越して神様に選ばれていると思っていたユダヤ人たちと全く同じ人格体として認めてあげたのだ。
このように愛は犠牲を伴うものだ。
イエス様の愛する心が彼らに伝わって、だから彼らは感動して惜しみなく分かち合ったのだ。
私が分かち合おうと言ったのは、単純に気の毒に思って分け与えようというのではなく、
自分の兄弟を愛する主の心情を持って分かち合おうということだ。
私が兄弟を愛して哀れに思って愛する心が相手に伝わってこそ本当の分かち合いになる。」strong>
「仕事を分けるというのはどういうことでしょうか。」
「私は会社を経営したことのある人ではないが、最近は仕事がないから会社で解雇をするというけどこれは違うと思う。会社でも給料を減らしてでも解雇しないように努力すべきだし、働く方々も一ヶ月に30日働いているとすれば26日くらいやって他の人と一緒に仕事を分かち合えば、給料は減るけれど同僚たちが解雇されずに一緒に仕事をできるんじゃないかと思う。収益が減るが解雇されるはずの同僚と仕事を共に分かち合ってこそ解決になるのであって、働く人だけ働いたら同僚は解雇されて失業者になるんじゃないか。自分が譲歩しないで雇用主に譲歩しなさいと言うからといって譲歩するだろうか。自分がまず譲歩すれば相手も譲歩するだろう。それを期待してやってもいけないし、愛されるために愛するとしたらそれは愛ではないだろう。」
「法で定めればいいですよね。」
「法や制度は公平にすることもできないし副作用が多い。愛して哀れに思う心を持って分かち合うなら不満や不平がなく与える人ももらう人も楽しみだけがあるだろう。こういう心がキリストの心だ。キリストの心を持てば経済だけでなくもっと大きな困難にも打ち勝っていける。持っている人たちにばかり分かち合いなさいという前に自分から隣人と小さなものを分かち合う実践をしながら生きることを主は願われるだろう。分かち合うものがないなら愛する心を持って互いに憐れんであげなさい。悲しみを共にしようとする小さな心が困難を克服する近道だ。他の人々が劣っていて能力がないから持っていないのではない。他の兄弟たちの分まで自分がもっともらったと思えば分かち合えないこともない。
分け与える人は、大きなものを施すように与えてはいけない。雨の降る日に傘を一緒に差すように、与える人が与えるのを感じられず、もらう人ももらうのを感じられないように自然に分かち合ってこそ本当の分かち合いだ。
右手がすることを左手が分からないようにしなさいとおっしゃった主の御言葉のように。」
「それが易しいことでしょうか。人々の心理というのはしっかり握ろうとするのが正常ではないでしょうか。」
「私たちが見ると当然なことかもしれないが、イエス様はそういう生き方を願っておられなかった。互いに愛し、尊敬し、哀れむ心を持って生きなくてはいけない。おっしゃったからそのように生きなきゃ。冬に部屋の中で多くの人が布団一枚かぶって寝るのに、一緒に寝ていた人の中の一人が布団をくるくる巻いたら他の人たちはその布団を奪おうとして引っ張る。布団を奪うために互いに争いが生じて眠ることもできない。経済とはちょうどこれと同じだから、一人でかぶろうとするより互いに譲歩して、共に足でもかぶろうと努力する心を持って生きてこそ社会の葛藤を減らせるし、寒さを克服できる。」
「実に難しいお話ですね。人々の欲は一人でかぶりたいのではないでしょうか。」
「人間の力だけでできるだろうか。欲は全ての人間が持っている本性だから、キリストの心を持って生きなければ、愛し、尊重し、尊く思い、分かち合う生き方を実践しながら生きることができない。愛とは分かち合いを実践するときに光を放つ。聖霊も恵みも分かち合わなくてはいけない。イエス様の弟子たちは聖霊を受けてしたものも分かち合って使い、福音を伝え広めた。福音を伝え広めることは愛と聖霊を分かち合うことだ。
今ないから、
貧しいから問題なのではなく、感謝して生きることを忘れて生きるからいっそう貧しく思えるんだ。昔暮らしていたことと比べてみなさい。昔を考えれば私たちも金持ちになったんだ。お母さんが山菜の商売をして麦粥で飢えを凌いで暮らしながらも今のように貧しく大変だと思わなかった。最近の人たちは他の人たちと比較してもっと持とうと欲張るのが問題だ。昔を覚えていて神様に感謝しながら生きなきゃ。それ以上望むこともなく神様に感謝しながら熱心に生きればいいんだ。そういう心を持って生きれば祝福を受ける。主がおっしゃる。今日のことは今日で十分だ。」
↑↑↑↑↑↑↑↑↑
ああ、持っているから分け与えるのではないんだなあ。
そして、その行為ではなく、心情が大事なんだなあ
としみじみ思いました(><)
艱難の時期だからこそ
お互い、キリストの心で乗り切りたいものです!!!
キムチ漬けの季節、政治の季節
2010/7/11は日本の参議院選挙ですね^^
先生が韓国の政治家にお祈りをしてあげたエピソードがちょうどありますので、
ご紹介します!!
↓↓↓↓↓
最近はキムチ漬けの季節でもあるが、政治の季節だ。
この頃になると、なんと愛国者たちがそんなに多いのか、
いつも国民のためだと話す人たちが実際国民のために何をしたのか、
またそんな方たちがたくさんいるなら国がうまくいくはずなのに、
人々はうまくいくことがないと言う。
その方たちが国民のためにしたことがどれほどあるのか、私はさっぱり思いつかない。
国民が望んだので出て来たと主張するが、
国民がどれほどその人を望んだのか、私は分からない。
確かなことは、私はその人を望んだこともなく、
その人が国民のために何をしたのか誰も覚えてもいないということだ。
いずれにせよ、今は政治の季節だ。
互いに渡り鳥だと言ったりもし、腐敗した人だと言って互いに悪口を言い、
中傷しているのを見ると、正しい人が誰もいないようだ。だから悲しい。
正しい人がいない中で大統領を選ばなければならない国民はどうすればいいのか。
今回は国民たちが
「また深く考えずに選んだ。次は気をつけてちゃんと選ばないと。国が滅びる。」
とこんな話が二度と出てこないで
「本当にうまく選んだ。これで国がうまくいく。」という話が出てきたらいい。
政治の季節だから政治の話をひとつしよう。
数年前、先生がある地方に行かれたが、そのときもやはり地方選挙の季節だった。
先生がすべての行事を終えて遅い時間に泊まるところへ着かれたが、
あるメンバーが、先生がぜひ会って下さるべき方がいると言うのだった。
「あまり遅いから明日会ったらだめなのか」と先生がおっしゃると、
今日でなければこの人も会う時間がないと言いながら、
市長に出馬した人で、先生に会ってぜひお祈りを受けたいと言っているというのだった。
先生は「お祈りを受けようと言うのに、してあげないわけにいかないね。じゃあ今お連れして」とおっしゃった。
その政治家は誰が見てもすぐに分かる方だった。
その方は「私は先生の名声をよく聞きました。実は私は中央で政治をしていたのでよく知られていますが、
いざ地方に下りて来ると、地方の組織がなくて人脈を使えないでいます。
現在40対60で押されています。選挙日が何日も残っていないので大変です。
先生のお祈りを受ければ私が必ず当選すると思います。よろしくお願いします」と言った。
先生は「私がお祈りをして当選するのではなく、
神様がご覧になる時にふさわしくなくてはいけませんよ。私はお祈りをして差し上げるだけですが、約束なさらなくてはならないことがあります」とおっしゃると、
その政治家は「当選さえするなら何でも約束します」と言った。
先生は「大した約束ではありません。当選したら、おっしゃった言葉を必ず守って下さるようお願いします。約束は必ず守らないといけません。
政治をなさる方たちが約束を破ってあちこち動き回って、おっしゃった言葉を守らずにしょっちゅう言葉を変えるのを見ますが、これは本当に間違ったことです。この世の中は約束を通してすべてのことが成されます。約束を自分の都合のいいように変えたら、世の中が混乱します。どんな場合でも言葉を変えたら、その人は正しい人ではありません。当選なさったら必ず正しい政治をして下さることをお願い申し上げます」とおっしゃった。
その政治家は「ありがとうございます。当選したらすぐに先生に仕えて食事をご馳走します」と言い、
先生は「とにかくありがとうございます。ではお祈りします」と言ってお祈りをして下さった。
数日後、選挙でその方は当選し、約束通り先生を招待して朝食をすることになった。
その方は「先生のお祈りのおかげで当選しました。当選したので、どのように市政を見ていくべきですか。」と聞いた。
先生は「ただ市場で買い物をするのと同じようにやって下さい。」
その方は「え?市場で買い物をするようにですか?」
すると先生は「はい!お母さんたちが市場で買い物をするように市政を見ればいいです。
母親が市場へ買い物をしに行って無駄金を使いません。裏金を作りません。
何かひとつを買うにもよくよく考えてから買います。
つましく豆もやしの値段も値切って買います。
子供たちが寒いのか、暑いのか、痛いところがないのか、
足りないものがないのか、とよく面倒を見ます。
家族から人気をとるために努力する母親はいません。
ただ家庭のために労力を顧みず、代価を求めず、熱心に働きます。
政治の季節になると渡り鳥のようにあちこちのぞき込む人々がたくさんいます。
国のために働こうとおっしゃる方たちが渡り鳥だという話を聞いていいでしょうか。
母親が市場で買い物をするように、母の心を持って働かれるといいです。
そのようにしさえすれば、なさりたい分なさることができます。」
ところがその方は次の選挙に当選しなかった。
裏金を作ったといううわさも聞こえ、
仕事をうまくできなかったといううわさも聞こえ・・・。
乱れた政治の季節だ。
今回は先生の御言葉のように、母の心をもって、
市場で買い物をするように国の暮らしをよく見て、手入れをしてくれて、
温かく国民の面倒を見てくれる方が当選することを祈る。
↑↑↑↑↑
マニフェスト、マニフェストと言っては、
言葉尻の議論をしている姿をよくみますが、
先生ほど、マニフェストを必ず実現される方はいないなあーと
切に感じ、ついてきて良かったとまた思うのであります♪
先生が韓国の政治家にお祈りをしてあげたエピソードがちょうどありますので、
ご紹介します!!
↓↓↓↓↓
最近はキムチ漬けの季節でもあるが、政治の季節だ。
この頃になると、なんと愛国者たちがそんなに多いのか、
いつも国民のためだと話す人たちが実際国民のために何をしたのか、
またそんな方たちがたくさんいるなら国がうまくいくはずなのに、
人々はうまくいくことがないと言う。
その方たちが国民のためにしたことがどれほどあるのか、私はさっぱり思いつかない。
国民が望んだので出て来たと主張するが、
国民がどれほどその人を望んだのか、私は分からない。
確かなことは、私はその人を望んだこともなく、
その人が国民のために何をしたのか誰も覚えてもいないということだ。
いずれにせよ、今は政治の季節だ。
互いに渡り鳥だと言ったりもし、腐敗した人だと言って互いに悪口を言い、
中傷しているのを見ると、正しい人が誰もいないようだ。だから悲しい。
正しい人がいない中で大統領を選ばなければならない国民はどうすればいいのか。
今回は国民たちが
「また深く考えずに選んだ。次は気をつけてちゃんと選ばないと。国が滅びる。」
とこんな話が二度と出てこないで
「本当にうまく選んだ。これで国がうまくいく。」という話が出てきたらいい。
政治の季節だから政治の話をひとつしよう。
数年前、先生がある地方に行かれたが、そのときもやはり地方選挙の季節だった。
先生がすべての行事を終えて遅い時間に泊まるところへ着かれたが、
あるメンバーが、先生がぜひ会って下さるべき方がいると言うのだった。
「あまり遅いから明日会ったらだめなのか」と先生がおっしゃると、
今日でなければこの人も会う時間がないと言いながら、
市長に出馬した人で、先生に会ってぜひお祈りを受けたいと言っているというのだった。
先生は「お祈りを受けようと言うのに、してあげないわけにいかないね。じゃあ今お連れして」とおっしゃった。
その政治家は誰が見てもすぐに分かる方だった。
その方は「私は先生の名声をよく聞きました。実は私は中央で政治をしていたのでよく知られていますが、
いざ地方に下りて来ると、地方の組織がなくて人脈を使えないでいます。
現在40対60で押されています。選挙日が何日も残っていないので大変です。
先生のお祈りを受ければ私が必ず当選すると思います。よろしくお願いします」と言った。
先生は「私がお祈りをして当選するのではなく、
神様がご覧になる時にふさわしくなくてはいけませんよ。私はお祈りをして差し上げるだけですが、約束なさらなくてはならないことがあります」とおっしゃると、
その政治家は「当選さえするなら何でも約束します」と言った。
先生は「大した約束ではありません。当選したら、おっしゃった言葉を必ず守って下さるようお願いします。約束は必ず守らないといけません。
政治をなさる方たちが約束を破ってあちこち動き回って、おっしゃった言葉を守らずにしょっちゅう言葉を変えるのを見ますが、これは本当に間違ったことです。この世の中は約束を通してすべてのことが成されます。約束を自分の都合のいいように変えたら、世の中が混乱します。どんな場合でも言葉を変えたら、その人は正しい人ではありません。当選なさったら必ず正しい政治をして下さることをお願い申し上げます」とおっしゃった。
その政治家は「ありがとうございます。当選したらすぐに先生に仕えて食事をご馳走します」と言い、
先生は「とにかくありがとうございます。ではお祈りします」と言ってお祈りをして下さった。
数日後、選挙でその方は当選し、約束通り先生を招待して朝食をすることになった。
その方は「先生のお祈りのおかげで当選しました。当選したので、どのように市政を見ていくべきですか。」と聞いた。
先生は「ただ市場で買い物をするのと同じようにやって下さい。」
その方は「え?市場で買い物をするようにですか?」
すると先生は「はい!お母さんたちが市場で買い物をするように市政を見ればいいです。
母親が市場へ買い物をしに行って無駄金を使いません。裏金を作りません。
何かひとつを買うにもよくよく考えてから買います。
つましく豆もやしの値段も値切って買います。
子供たちが寒いのか、暑いのか、痛いところがないのか、
足りないものがないのか、とよく面倒を見ます。
家族から人気をとるために努力する母親はいません。
ただ家庭のために労力を顧みず、代価を求めず、熱心に働きます。
政治の季節になると渡り鳥のようにあちこちのぞき込む人々がたくさんいます。
国のために働こうとおっしゃる方たちが渡り鳥だという話を聞いていいでしょうか。
母親が市場で買い物をするように、母の心を持って働かれるといいです。
そのようにしさえすれば、なさりたい分なさることができます。」
ところがその方は次の選挙に当選しなかった。
裏金を作ったといううわさも聞こえ、
仕事をうまくできなかったといううわさも聞こえ・・・。
乱れた政治の季節だ。
今回は先生の御言葉のように、母の心をもって、
市場で買い物をするように国の暮らしをよく見て、手入れをしてくれて、
温かく国民の面倒を見てくれる方が当選することを祈る。
↑↑↑↑↑
マニフェスト、マニフェストと言っては、
言葉尻の議論をしている姿をよくみますが、
先生ほど、マニフェストを必ず実現される方はいないなあーと
切に感じ、ついてきて良かったとまた思うのであります♪
私達も拍手を受けよう!
ワールドカップ、日本は惜しかったですね!
韓国はまだ勝ち進んでいますが、
選手達の国を背負ったプレッシャーはいかほどでしょう(><)
イエス様についていく私達も、時には歴史の重みに、神様の期待が
嬉しくもあり、ずっしりと重く感じるときもあるかもしれません。
ポンソク牧師が、ちょっと以前になりますが、
キム・ヨナを通して得た、そんな悟りを語ってくれています☆
↓↓↓
うんざりする日常に新鮮な風、
うきうきする風を吹き入れてくれていた冬季オリンピックが終わった。
これから何を楽しみに暮らそうか。悩んでいる人々もいるだろう。
明るい天使の顔で金メダルを首にかけて、
憂鬱な人々の心をすっきりと貫いてくれた、
ああ!ああ!キム・ヨナ!あなたに5千万人が拍手を送った。
あの美しい顔、か細くか細い華奢な肩に金メダルという重い荷!
5千万人が念願していた金メダル!1kgにもならない金メダルの重みが
4年間どれほど押さえつけていただろうか。
数千万人が歓呼し、楽しみ、拍手をして喜んだ。
キム・ヨナのインタビューを聞いた。
今、安らかだ。休みたい。
生気溌剌とした十代のような話の中に、心の片隅がじいんとしびれてくる。
次は私たちの番だ。
華奢な肩に5千万人が念願していた
重く重い金メダルの重い荷を背負っていたヨナ!
キム・ヨナに拍手をする楽しみで終わってはいけない。
次は私たちがその荷を負って行かなくてはいけない。
主が人類の重荷を負ってゴルゴダの山上へ登って行かれた重い荷を今、
私たちが負って行かなくてはいけない。
明るい笑みの中に
今日も重い荷を負って行かれる先生の荷も、
私たちが負って行かなくてはいけない。
ヨナが金メダルを首にかけるために4年間、
すべてのことを忘れてひたすら目標だけに向かって疾走したように、
私たちも各自の位置で最高になるために走らなくてはいけない。
勝者になるために!
いつまで拍手ばかりしていて、また別の拍手の種を探し出すのか。
私たちも今、拍手を受けなくてはいけない。
今日も非常に細い春の雨が降っている。
春の雨を受けて万物が蘇生するように、
私たちの人生が再び蘇生する春にならなくてはいけない
↑↑↑
うーーーん、深いです!!
オリンピックからイエス様の十字架の悟りまで至りました!
たしかに、一流になるには
クリスチャンではなくても相当、自分を節制し、
余計な娯楽はせず、過ごしていきますよね。
私達も一流の天の新婦の道を目指して
天の拍手を受ける人生を勝ち得るため、疾走しましょう!!
天の金メダルならぬ、金の冠を得るべく・・・!
韓国はまだ勝ち進んでいますが、
選手達の国を背負ったプレッシャーはいかほどでしょう(><)
イエス様についていく私達も、時には歴史の重みに、神様の期待が
嬉しくもあり、ずっしりと重く感じるときもあるかもしれません。
ポンソク牧師が、ちょっと以前になりますが、
キム・ヨナを通して得た、そんな悟りを語ってくれています☆
↓↓↓
うんざりする日常に新鮮な風、
うきうきする風を吹き入れてくれていた冬季オリンピックが終わった。
これから何を楽しみに暮らそうか。悩んでいる人々もいるだろう。
明るい天使の顔で金メダルを首にかけて、
憂鬱な人々の心をすっきりと貫いてくれた、
ああ!ああ!キム・ヨナ!あなたに5千万人が拍手を送った。
あの美しい顔、か細くか細い華奢な肩に金メダルという重い荷!
5千万人が念願していた金メダル!1kgにもならない金メダルの重みが
4年間どれほど押さえつけていただろうか。
数千万人が歓呼し、楽しみ、拍手をして喜んだ。
キム・ヨナのインタビューを聞いた。
今、安らかだ。休みたい。
生気溌剌とした十代のような話の中に、心の片隅がじいんとしびれてくる。
次は私たちの番だ。
華奢な肩に5千万人が念願していた
重く重い金メダルの重い荷を背負っていたヨナ!
キム・ヨナに拍手をする楽しみで終わってはいけない。
次は私たちがその荷を負って行かなくてはいけない。
主が人類の重荷を負ってゴルゴダの山上へ登って行かれた重い荷を今、
私たちが負って行かなくてはいけない。
明るい笑みの中に
今日も重い荷を負って行かれる先生の荷も、
私たちが負って行かなくてはいけない。
ヨナが金メダルを首にかけるために4年間、
すべてのことを忘れてひたすら目標だけに向かって疾走したように、
私たちも各自の位置で最高になるために走らなくてはいけない。
勝者になるために!
いつまで拍手ばかりしていて、また別の拍手の種を探し出すのか。
私たちも今、拍手を受けなくてはいけない。
今日も非常に細い春の雨が降っている。
春の雨を受けて万物が蘇生するように、
私たちの人生が再び蘇生する春にならなくてはいけない
↑↑↑
うーーーん、深いです!!
オリンピックからイエス様の十字架の悟りまで至りました!
たしかに、一流になるには
クリスチャンではなくても相当、自分を節制し、
余計な娯楽はせず、過ごしていきますよね。
私達も一流の天の新婦の道を目指して
天の拍手を受ける人生を勝ち得るため、疾走しましょう!!
天の金メダルならぬ、金の冠を得るべく・・・!
娘との対話
今日はポンソク牧師が、ご自分の娘さんと話して感じたことをご紹介します^^
最近大阪で中3の女子中学生が自殺したというニュースがありました(><)
韓国も自殺の多い国です。
その中学生の自殺の理由はわかりませんが、ポンソクさんのアドバイスのように
考えることができれば、人生を投げやりになったり、
諦めたりしないで過ごせそうな気がしますよ☆
↓↓↓
私は朝、時間が許すなら子供たちと一緒にご飯を食べようと努力している。
今日は立春だが、並大抵の寒さではない。
「今日寒い。服たくさん着て行きなさい。お父さん運動して来たけどすごく寒かったよ。
服しっかり着て行きなさい。今日はお父さんが乗せて行ってあげるよ。」
「ありがとうございます。お父さん、昨日中学生が数学の問題が解けないといって自殺したんだって。」
「本当かい?なんでそんなことがあり得るんだ?大変なことだ。」
「家の居間で勉強していて、数学が解けないって言っていたんだけど、
部屋に入って20分を過ぎても出て来ないからお母さんが部屋を開けてみたら、
部屋で首を吊って死んでいたそうです。そのお母さんはどうやって生きていくんでしょうか。」
「世の中には変わったことがたくさんあるなあ!数学の問題がその子には人生の全部だったんだなあ。
世の中はね、思い通りにならないことが思い通りになることよりはるかに多いもんだ。
うまくいかないたびに死んでいたら、命が百個あっても足りないだろう。
お父さんはね、間抜けかもしれないけど、何かを始めるとき、成功率50%、失敗率50%と見積もって、
いつも失敗するときに備える。
だから失敗するとしても失望しない。失敗に備えているからだ。
山のてっぺんに登って行ったらどうしないといけないか?」
「下りて来ないといけませんよね。」
「そうだろう。下りて来ないといけないよね。
頂上まで登った人は登って行くところがないから下りて来ないといけないよね。
ところが人間は、下りて来てこそ頂上なのに、下りて来るのを嫌がるんだ。
だから欲張って死ぬことになることもあるんだ。
まだ頂上まで行けていない人は、登って行くべき山だという希望があるから良いじゃないか。
まだ登れていないからといって焦ったり不安がったり悲しむことはないんだ。
お金がある人はそれを守るために努力し、
ない人は稼ぐための希望とその希望を成すための仕事があるし、
一等を取った人はその位置を守るために努力しないといけなくて、
びりになった人は上に上がって行くための希望があるんだ。
びりが悪いばかりのものでもないし、
一等と成功が人生の全部ではないんだ。
人生は生きてみるとどれもこれも同じだ。
与えられた仕事に最善を尽くすものだろう。
人生の全部だと言えるものが何かあるだろうか。どれもこれも同じだ。
人間万事塞翁が馬という言葉を知っているか。」
「知っています。漢文の時間に習いました。」
「一喜一憂しないでいつも平常心で生きていくのが良いんだ。
そうやって生きれば死ぬことはないだろう。
いつも希望があるから。
今日もファイティン!」
私はわが愛する娘と共に、体も心も温かく整えて、家を出た。
↑↑↑
最近大阪で中3の女子中学生が自殺したというニュースがありました(><)
韓国も自殺の多い国です。
その中学生の自殺の理由はわかりませんが、ポンソクさんのアドバイスのように
考えることができれば、人生を投げやりになったり、
諦めたりしないで過ごせそうな気がしますよ☆
↓↓↓
私は朝、時間が許すなら子供たちと一緒にご飯を食べようと努力している。
今日は立春だが、並大抵の寒さではない。
「今日寒い。服たくさん着て行きなさい。お父さん運動して来たけどすごく寒かったよ。
服しっかり着て行きなさい。今日はお父さんが乗せて行ってあげるよ。」
「ありがとうございます。お父さん、昨日中学生が数学の問題が解けないといって自殺したんだって。」
「本当かい?なんでそんなことがあり得るんだ?大変なことだ。」
「家の居間で勉強していて、数学が解けないって言っていたんだけど、
部屋に入って20分を過ぎても出て来ないからお母さんが部屋を開けてみたら、
部屋で首を吊って死んでいたそうです。そのお母さんはどうやって生きていくんでしょうか。」
「世の中には変わったことがたくさんあるなあ!数学の問題がその子には人生の全部だったんだなあ。
世の中はね、思い通りにならないことが思い通りになることよりはるかに多いもんだ。
うまくいかないたびに死んでいたら、命が百個あっても足りないだろう。
お父さんはね、間抜けかもしれないけど、何かを始めるとき、成功率50%、失敗率50%と見積もって、
いつも失敗するときに備える。
だから失敗するとしても失望しない。失敗に備えているからだ。
山のてっぺんに登って行ったらどうしないといけないか?」
「下りて来ないといけませんよね。」
「そうだろう。下りて来ないといけないよね。
頂上まで登った人は登って行くところがないから下りて来ないといけないよね。
ところが人間は、下りて来てこそ頂上なのに、下りて来るのを嫌がるんだ。
だから欲張って死ぬことになることもあるんだ。
まだ頂上まで行けていない人は、登って行くべき山だという希望があるから良いじゃないか。
まだ登れていないからといって焦ったり不安がったり悲しむことはないんだ。
お金がある人はそれを守るために努力し、
ない人は稼ぐための希望とその希望を成すための仕事があるし、
一等を取った人はその位置を守るために努力しないといけなくて、
びりになった人は上に上がって行くための希望があるんだ。
びりが悪いばかりのものでもないし、
一等と成功が人生の全部ではないんだ。
人生は生きてみるとどれもこれも同じだ。
与えられた仕事に最善を尽くすものだろう。
人生の全部だと言えるものが何かあるだろうか。どれもこれも同じだ。
人間万事塞翁が馬という言葉を知っているか。」
「知っています。漢文の時間に習いました。」
「一喜一憂しないでいつも平常心で生きていくのが良いんだ。
そうやって生きれば死ぬことはないだろう。
いつも希望があるから。
今日もファイティン!」
私はわが愛する娘と共に、体も心も温かく整えて、家を出た。
↑↑↑






